私の氏神神社であり鹿児島の中心である鹿児島市民の信仰の中心であった「鹿児島五社」の一社である稲荷神社です。私の祭祀を大きく導いていただきました、大変大きな神様であります。
鎮座地は鹿児島市の北部上町地区、古くは商売の町として活気のあった地区です。
神社そのものが当地の地名にもなっており、庶民の生活のなかに溶け込んで、厚い信仰対象となったようです。
 島津家の守護神である稲荷神社は県内各地に勧請されています。島津藩の政治の中心であった鹿児島市の守り神であれば、通常は「伏見稲荷大社」からの御勧請となるのでしょうが、島津家自体が「住吉大社」との深い関わりがあるからか、大社の稲荷神社からの御勧請神系の稲荷神社なのです。
 こちらの稲荷神社は鹿児島県日置市に鎮座されている稲荷神社からの分御霊であります。この親神となる神社も住吉大社の稲荷神社からの御分霊でありまして、鹿児島の歴史ある稲荷神社の多くはこの神社からの御分霊であるようです。
 鹿児島神宮の稲荷神社は711年の御鎮座とあるので古社でありますがこちらは伏見稲荷大社からの御勧請となっています。
 先だって関西の神社参拝をさせていただいたとき「住吉大社」の末社稲荷神社と「伏見稲荷大社」にもお参りしましたがその時感じたのはこの二神は全く違う(違う系統の)神様のように感じられました。
 住吉社のお稲荷さんがそのお祭りの仕方や御眷属が「御神狐」でなく「御神猫(?)」(招き猫)だったりとお稲荷さんらしくなかったのもあるのですが。。。
 今後も「親神様詣り」と称して関西の大きな神社に参拝していき、その中でこの問題の糸口を掴んでゆきたいと思います。





左は島津家三十代当主「島津忠重」公爵の筆による扁額。 鹿児島市の郊外の住宅地に静かに鎮まる「鹿児島稲荷神社」です。神社の前を稲荷川が流れ、鹿児島の下町の商家の方々のお参りが絶えません。


 稲荷神社の手水場ですが、宮司さんによると龍神様だそうです。石造のようですが細工がかなり細かいです。


  御神前の神狐一対です。独特の御神像です。御拝殿です。年期が入っています。氏子崇敬社有志から改装の話も。


本殿脇にご覧のようにたくさんの石塔があります。多くは「地神様」としてあり土地の地の神様のことらしいです。


 左は地元信仰の「田の神さあ」(たのかみさま)=田の神=稲 の神=稲荷神? 人面のように見えます。右は鹿児島では非常 に珍しい『金毘羅神』。どのような由縁でこちらに祀られるよ うになったかは不明。 





  


鹿児島五社(かごしまごしゃ)は鹿児島市内にある、島津氏が勧請したと言われる。
5つの神社を指す。場所は鹿児島市中心部から見て北東の鬼門に集中的に立地している。
 かつては薩摩藩が手厚く庇護し大規模だったところが多いが、現在は車社会の発達で郊外にある大神社へのアクセスも容易になったことや、照国神社などの新興の神社に押されて、社殿すらないところもある。